無 彩 色   




 薄墨色の夜に、電車がカラカラと、音をたてて鉄橋をわたっていった。
電車の窓から蛍光灯の光が河川敷にひろがった。
光は乾いたまましばらく、白い帯のごとく空中に残った。
風が車輪とレールのカラカラという音をはこびさった。
鉄の音がいってしまうと、ふたたび静かになった。
薄墨色の空には、水平にはしる鉄橋の黒い三角形が、連らなって見えていた。

「さあ、いこうか。」

 そう言って、五代健一は立ちあがった。
硬くとじた両の掌を、ズボンの脇にだらんとぶらさげたままである。
地面は消炭色で、光がない。
足もとに不確かな感じがした。
しかし、五代は歩きはじめた。
白くはく息を掌にあてると、少しずつ感覚がもどってきた。
ひどく寒かったわけではない。けれども、冷めたさが五代の体表をはいのぼってきた。
透明な冷めたさが、五代の体にとりついた。

 「あヽ、もう12月だ」

 五代はすでに平常にもどっていた。
硬直した自分の指先を、自覚できるまでに五代は平常であった。
けれども、じきにそれも感じなくなった。
掌をひろげると、手のひらには自分の爪あとが、一列にならんで、4つばかりきっちりとついていた。
三日月形の爪のあとだけが、なまめかしく赤い色をしていた。

 河原のかたい砂の上から、堤防の土手へと近づいた。
前後する五代の足に、河原の重い湿気が執拗にからんだ。
五代はゆっくりと足を動かし続けた。
五代の足の裏が、砂とはなれる最後の一瞬だけ、地面は抵抗力を失った。
千鳥形についた五代の足あとは、もう見えないくらい、遠くまで続いてきた。
とうとう土手にぶつかり、五代は堤防のコンクリートをのぼった。
そこに誰かがいれば、五代が少し足を引きずっているのに、気づいたかも知れなかった。
そして、五代の股間から河原の薄闇まで、紅色の糸が続いているのが、見えたかも知れなかった。

次へ