ハーイ ベイビイ
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 鈴木清の職場では、ちょっとした異変が起きていた。いままで、独身だった女性たちが、なにやら考え直し始めた。
 春木景子と町田直美が、昼休みに話をしている。春木景子が言った。
「親が結婚しろって、うるさいったらありゃしない」
町田直美が応えた。
「うちも」
「冗談じゃないよ。結婚なんてしたら、掃除とか洗濯もしなきゃならないでしょ。一日に三回も御飯なんか作れないよ」  
「景子、あんた、うちで家事やってる」
「ぜんぜん」
「私も。自分の食事だって満足に作れないのに、いきなりご飯を作れっていわれてもね」
「できるわけないじゃん」
「でもさ、旦那はいらないけど、赤ちゃんはいいね。赤ちゃんの臭いって好きだな、私」
と町田直美は夢見心地に言った。
「うん私も、幸せそうな鈴木さん見てて、産もうかと思っちゃうよ」
「赤ちゃんってかわいいからね。景子、私はマジに考えているんだよ。産もうかって」
「直美も同じこと考えてたんだ」
「問題は親だな」
「鈴木さんは、良くやったと思わない。あいつんちの親だって、ぶっとんだだろと思うんだ。いきなり赤ん坊だろ」
「でもね、鈴木清は男だから、自分では産まないからいいけど…。女は隠しとけないもんな」
「それに、産むって痛そうだし。まちがって帝王切開なんてなったら…」
「でもさ、うちは鈴木さんちと同じなんだ。親がまだ元気だし、私は一人っ子だから、産めば親がめんどう見てくれると思うんだ」
「そうか確かに、親さえ丸めちゃえば、OKなことは、OKだよね」
「男なんかいなくたって、いいよ。子供の面倒を見るのは、女じゃん。それに家もあるし。親はアパートをもっているから、これからだって生活はできるよ」
町田直美は、すでに戦略を考えていた。
「そう、自宅通勤だから給料が安くても、生活ができるんだよ」
「私なんかさ、生活費は家にチョビット入れてさ。家賃はゼロでしょ」
「うちの会社にはさ、自宅通勤の女が多いから、直美みたいのは多いかも知れないよ」
「私の給料じゃ、自分で家なんか買えないけど、親が死んだら今の家だって、アパートだって、全部私に来るからね」
「一人っ子だよね。たしかに」
「それに勤めてりゃ、自分のこずかいくらい稼げるし、優雅だよ」
「友達だっているし。それに、会社にでも来なきゃ、どこで男を捜すのさ」
「そう。だから、会社を辞める気はないんだ」
「寿退社で、アパート暮らしって言うのは、どーも好きじゃないな。男と子供に振り回されるのはね…」
「それって最悪だと思わない。自分の収入がなくなるんでしょ、お小遣いがゼロ。突然の貧乏生活だよ」
「まったくね」
「親が元気なうちなら、子供を作っても、めんどう見てもらえるって」
「ほんと、うちのお母さんなんて、一日なんにもしてないよ。テレビ観てるだけ」
「顔見るたびに、結婚しろって。あれさ、孫が欲しいって言ってんじゃないのかな」
「そうだよ、きっと」
「でも、結婚しないで、子供もったら、ぶっとぶだろうな。うちの親」
「そりゃのけぞるよ。ててなし児って」
「そう考えると、鈴木さんって、ほんとによくやったよ」
直美は心底感心していた。景子が
「相手の女は、どんな奴」
と言ったが、直美もそれは知らない。
「それが、絶対にいわないんだよ」
「相手の女は、大変だったろうな」
「勤めてちゃできないよ。女は、お腹がでてくるから」
「富樫さんも、妊娠してるけど会社へ来てるよね」
「あの人は、結婚してるじゃん。しかたないよ」
「結婚して働きながら子供を産む。ふむ…、男プラス子供か、もっと大変そうだな」
「結婚は、パス」
と町田直美は断言した。
「結婚するまでは、家事をするなんて言ってたって、実際にやっている男なんて、聞いたことないからね」
「ほんと」
「結局、女がやることになるんでしょ。疲れて帰って、その上に掃除、洗濯なんて…。ごめんだわ」
「今なんて、家へ帰れば、仕事が大変だろうって、洗濯だって、お母さんがやってくれるし」
「結婚してまで、毎日めんどう見てやりたい男はいないね。男に迫力ないもん」
「今、付き合っている男は、結婚したそうな顔するけど、はっきり返事しないの」
「でもさ男だって、結婚しなくてもいいって判れば、どんな女とだって付き合うと思うな。やりどくって思うだろう、男は」
「だから、結婚する気がなかったら、やってもいいけど、情をいれちゃダメ。引きずるのは最悪」
「子供ができちゃまずいって思ってたから、コンドームつけさせてたけど、あれうざったいんだよね」
「そう、いいとこできれちゃうし。つけるの下手な奴もいるしさ」
「子供作る気でやりゃ、気が楽だな。そのまんまでいいんだから」
「やればできるよね。次の生理がくるまで、ドキドキなんてことはないんだ」
「でも、悪いみたい」
「なにが」
「やってさ、いい気持ちになって、子供まで作って貰って、はいさよなら。あと、男はいりませんって」
「どこが悪い」
と町田直美は不思議そうにたずねた。
「男は怒るかな」
「なんで。男はイクだけで、子供ができたなんて、わからないのよ」
「たしかに」
「そのうえ、自分の子かどうかだって、男には判らないのよ」
「そうね。私が産んでも、男には誰の子だか判らないんだね」
「でも、いいじゃん。男だって、やらしてやって、後の責任はこっちが持つっていうんだから。男はやりどくだよ」
「あとは、親と世間」
「男とは、いつまででもできるけど。子供は年とれば、産めなくなっちゃうし」
「親だって、産んじゃえば認めてくれるよ」
「やったほうが勝ちか」
「そう、やったもん勝ちだよ」
「若いうちに産んだほうが、楽そうだしね」
「うるさいのは、バレたあとの一週間かも。そのあいだ、カメしてれば、大丈夫だね。私がガーっていえば、親父なんて返事できないんだから」
「うちも、そう。だって、父親が私に反対したことって、今まで一度もないもん。気に入らないときは、黙るだけ」
「うちなんて、あたしが子供産んだら、親父はもうメロメロだよ」
「孫には、どこの親も弱いものよ」
「親が元気なうちに、産んだほうがいいよ。それが親孝行だよ」
「ほんと、あんまり歳とってから子育てさせるのって、かわいそうだもんね」
と町田直美が小声でいった。
「子供か。鈴木清状態が発生するまで、本当に産めるなんて、考えたこともなかったわ」
「鈴木清さんは、良くやった。女の鏡、ちがうか親の鏡だ」
そういいながら、春木景子もうなずいた。

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