ベトナムには各地に革命博物館がある。
おそらく首都ハノイのものが一番立派なのだろう。
元税務署だったという建物は、一部改装中だが、白人女性が1人と来館者はほとんどいない。
警備を兼ねた係の人が3人くらいいるだけ。
2階20室に昔の写真などがあるが、何を意味するのかボクには良く判らない。
博物館の室内にはクーラーこそないが、日陰だからいくらか涼しい。
ハノイは香港より南にあるせいか、外に出ると南国の日差しが厳しい。
ちょっと贅沢をして、タクシーで軍事歴史博物館に向かう。
メータは35ドンで、比較的安い。
日本の車も走っているが、韓国製の車も多い。
韓国製の車は、ボリューム感のあるデザインで、日本車とちょっと違った感じを与える。
KIAの小さなPicantoという車が、ちょっとフィアットの550みたいで、とてもカッコイイ・デザインである。
12年前にはサムソンの看板こそ出ていたが、韓国製品が氾濫していることはなかった。
しかし、いまや家電製品といい、車といい、ケイタイといい、凄まじい伸びである。
人口が5千万人の韓国は、国内マーケットが小さいからか、海外への進出欲がとても強い。
今後の韓国は、手強い日本の競争相手になるだろう。
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誇らしげなサイゴンへ一番乗りした戦車 |
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軍事歴史博物館では、サイゴン解放時の戦車や捕獲した戦闘機・ペリコプターなどが展示されている。
チリから来た若者に、シャッターを押すように頼まれる。
ベトナムはアメリカに勝ったのだが、戦争で失われたものも多いように感じる。
解放したはずのサイゴンのほうが、ハノイよりはるかに豊かだったわけで、悲喜こもごもだったと思う。
軍事歴史博物館の前では、舗道にネットを張って、バトミントンをやっている。
バトミントンの邪魔をしないように、通行人が車道へとよけて歩くのだ。
通行の邪魔と言えば邪魔だが、何となく許せてしまう雰囲気である。
ホーチミン廟の前まで行くが、広いだけで何もない。
太陽が沈みかける中、また旧市街へと戻ることにする。
途中でハノイ大聖堂に寄ろうとするが、なかなか辿りつかない。
この辺りは道が直交しておらず、なかなか勘が働かないのだ。
辺りは暗くなり始めている。
随分と回り道をしてハノイ大聖堂にたどり着いた。
しかし、すでに時間が遅く閉ざされている。
近くで美味しそうなフォー屋さんを見つけた。
お客がたくさん入っているので、味は間違いないだろう。
フォー・ガーといったら、フォー・ボーしかやっていないと言われた。
ここは牛肉味のビーフンしかないのだ。
では、フォー・ボー・タイをたのむ。
それにビア・ハノイである。
この店の店員は、若い女性が多い。
しかも、美人揃いである。
そのせいか、実に愛想が悪い。
しかし、フォー・ボー・タイは美味しかった。
出汁が利いており、とても微妙に美味しいのだ。
これでは無愛想でもお客は来るわけだ。
35ドン。
ちょっと高めかな。
昨日と同じホアンキエム湖の喫茶店に寄る。
夜行列車まで時間があるので、ハノイの夜景を眺めている。
ここは外国人もよく通る。
ベトナム人と外国人とが混じり始めている。
かつては外国人しか入らなかった喫茶店にも、いまではベトナム人が入っている。
どこでもオバサンは元気。
近くのテーブルでは、4人のオバサンが大きな声で話している。
ベトナム人も豊かになったのだ。
そろそろホテルへ戻って、荷物を取ってこよう。
そして、ハノイ駅へ向かうのだ。
さすがに今度はタクシーで行く。
随分と歩いたと思ったけれれど、タクシーで行くとアッという間である。
サイゴン行きの列車は6番口から出発である。
ミネラル・ウォーターを買って、列車を待つことにする。
しかし、このペットボトルに入ったミネラル・ウォーターが曲者だったのだが、それは列車に乗ってからの話である。
外国人との2重価格は廃止されたが、切符にはForeigner と書かれている。
インドではプラットホームに乗客の年齢と名前が張り出されるが、ベトナムでは切符に持ち主の属性が書かれるのだ。
何とも不思議な習慣であるが、2重価格の名残なのだろう。
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ボクの乗った列車 |
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このペットボトルの水に当たった |
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列車はディーゼル機関車にひかれた12両編成である。
機関車の次には簡単な食堂車があり、厨房もあるようだ。
次が2等椅子席で、1等椅子席、ハード寝台、ソフト寝台と続く。
ボクの乗ったハード寝台は、コンパートメントに左右3段のベッドがある。
化粧ベニヤのうえに薄い布団があり、枕と掛け布団がついている。
一番下は座ると辛うじて頭があたるくらい。
何とか座っていることができる。
横にしかなれない一番上とは大違いである。
見送りの人たちが降りて、いよいよ発車である。
何の音もなく、定刻11時に列車が動きだす。
ベッドは6人分が埋まったが、一番上に乗るはずだった女性が、いつの間にかいない。
彼女は17ヶ月の子供を連れていた。
子供を上に上げるのは大変だなと思っていたら、ちゃっかり車掌室にベッドを用意させていたのだ。
最初からそのつもりだったらしく、女性は強かである。
夜行列車では何もすることがないから、こちらも早々に就寝することにする。
2時頃だったろうか、トイレに行きたくて目が覚めた。
小用をたしたのだが、何だか胃のあたりに軽い吐き気がする。
変だなと思いながら、小用を済ませてベッドに戻る。
しかし、変だ。
吐き気はなくなるどころか、少し強くなってきた。
そのうち、お腹もおかしくなってきた。
慌ただしくトイレに行く。
下痢である。
洋式便器に座っていると、吐き気が込み上げてきた。
口の中に指を入れて、吐こうとするが、何も食べてないので吐くものがない。
胃を絞り上げると、辛うじて水が込み上げてきた。
何に当たったのだろうか。
走る夜行列車のトイレで、不安な気分である。
しかし、水を吐いた後では、気分はすっきりとした。
ベッドに戻って、考えてみる。
7時過ぎにフォー・ボー・タイを食べた。
そのあとで、珈琲を飲んだ。
その後、何も飲み食いしていない。
だから、胃の中には何もないのだ。
水を吐いたことから、ひょっと気がついた。
ペットボトル入りのミネラル・ウォーターだ!
ペットボトルに入っている水で当たることがあるのだ。
そんな話をタイで聞いたことがある。
それを話していた男性は、ペットボトルを信用せず、持参の水筒にお湯を入れて持ち歩いていた。
彼は昔、ペットボトルのミネラル・ウォーターで当たったのだそうだ。
それ以来、水筒持参でアジアを歩いていると言っていた。
ボクもアジアの衛生状態を、信頼しているわけではない。
屋台のアイスクリームには絶対に手をださないし、特に観光客向けの生鮮食品は要注意である。
地元の人が食べていないものには手をださない。
こうしていれば、万が一当たっても軽くて済む。
アジア旅行で下痢をしたことはあるが、今回のように吐いたのは初めてである。
原因が分かったので気が楽になった。
Aquafina という500ml入りミネラル・ウォーターを、ほんのちょっと飲んだだけだったので、この程度で済んだのだ。
吐き気はおさまって、お腹の調子も戻ってきた。
再びトイレに行くことはなかった。なんとか眠りに落ちていった。
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