初老人たちの西安散策
2012.5.12−記
第1日目 西安に到着
第2日目 兵馬俑を見に行く 我要酒 国民不能喝
第3日目 城壁上のレンタサイクル
第4日目 イスラム寺院
第5日目 乗り継ぎは大変 雨中居のトップに戻る


第2日目−1   兵馬俑を見に行く  

 3月16日(金)
 今日は、お目当ての兵馬俑にいく。
市内から50キロほど離れているので、タクシーということになるが、5人なので分乗しなければならない。
逆に5人いるし、ミニバンのほうが良いかもしれない。
日本語のガイドを雇って行っても良いだろう。

 ホテルでミニバンを頼むと、一日700元だという。
日本語のガイドは160元と言っていたが、それは間違いだった。
あとで300元と言うことになったが、1元13円くらいだから、4000円と言うことだ。

 ミニバンが来るまで、ホテルの4階レストランで朝ご飯を食べる。
おなじみバイキング・スタイルである。
清潔なテーブルクロス、高い天井、黒服のボーイさん達、それに食べきれないほどのメニュー。
こうした高級ホテルでの食事は、決して不味くはないが、驚きがないのも事実である。
食事中に、ミニバンが来たと知らせてくれる。

 ホテルの玄関前で集合写真を撮って、いざ兵馬俑へと出発する。
じつに愛想の良い運転手さん。
車はシボレー(?)の8人乗りのミニバンで、西安では人気の車種なのだそうだ。
質素な室内のシボレーが評判良いというのは、これで充分と言うことなのだろう。
エルグランドやオディッセイではなく、シボレーが評判良いというのは、過剰仕様の国産品が海外で苦戦しているのを見るような感じだった。

 途中の街中で、日本語のガイドさんを拾う。30半ばの男性である。
にこやかに挨拶をして、車に乗り込んできた。
それにしても、こんな贅沢な旅行をしても良いのだろうか、とちょっと後ろめたい感じがする。

 いつものボクの旅行なら、高級ホテルは最後の日だけしか泊まらないし、タクシーは使わずにバスだろう。
日本語のガイドさんなんて雇うこともないだろう。
ちょっぴりの贅沢に、心のすみが痛む。
やっぱり貧乏性なのだな。

 今日から冬の体制から春の体制に変わるのだとか、舗道から盛大に水蒸気が吹きだしている。
西安の街は地域暖房があって、冬の間は暖まった蒸気が各家庭に配られているらしい。
高層のアパートも蒸気の配管が施されており、冬でも暖かいとガイドさんがいう。
ガイドさんがいると便利なことも多い。

 贅沢というのは快適だ。
ミニバンは軽快に走り、あっという間に兵馬俑に到着する。
バスならこうはいかない。
まず行き先の確認からして、大変だ。
言葉が通じないなか、道を聞きながら、何度も間違って、やっとこ到着なのだ。
しかも、その間、料金を誤魔化されないかなど、ちょっと緊張の連続である。
贅沢は快適である。
下の写真は兵馬俑の第1博物館
 秦の始皇帝の墓をみながら、兵馬俑に近づく。
観光バスや乗用車が駐車場に停まっている。
ここは大観光地らしく、大勢の中国人で溢れている。
道の左にチケット売場があり、右側に入り口がある。
全体にゆったり作られており、これが中国式なのだろう。
入り口の近くには、地元のガイドさんがたくさんいて、客引きをしている。
若い女性のガイドさんである。

 我がほうのガイドさんが入場券を買ってきてくれる。
1人150元である。
飛行場から市内までのタクシーが200元だったことを考えると、ずいぶんと高い入場料である。
途上国の観光地は、一般に観光地の入場料が高いものだが、中国を途上国といって良いだろうか。
それとも、タクシー代が安いと言うべきなのだろうか。

 兵馬俑博物館は3棟の建物からなっている。
まずは、もっとも大きい第1号館から。
中に入ると、目の下一面に土が見える。
土の中に兵馬俑たちが立っている。
兵馬俑たちを取り囲んで、周囲に見学用の回廊が廻っており、その上に屋根がかかっている。
巨大な体育館のようだ。

 回廊から兵馬俑までは、20メートルくらいはあるだろうか。
広大さはよく判るが、この距離では兵馬俑の表情などは良く見えない。
兵馬俑まで距離があるので、彼らが小さく感じる。

 大きな体育館を後に、第2の博物館へと向かう。
第1の博物館より小さいが、それでも大きい。
我が国の技術協力だとかで、鉄骨の太い梁が飛んでいる。
第1の博物館は歩兵の密集したものだったが、ここは作戦の様子や実際の陣地の様子を再現している。
兵馬俑たちは、歩兵、騎馬兵、軽車などで編成された陣形をとっている。
でも、なぜこんな兵馬俑を作る気になったのだろうか。
タージマハールやピラミッドのように、巨大な墳墓というなら判るが、死んでも戦争をするつもりだったのだろうか。

 第3の博物館は、指揮の中枢である司令部を再現している。
軍陣の編列や兵器配列、それに戦略思想などがわかる。
ここは土の中から運び出した兵を、ガラスボックスの向こうに立たせている。
4方がガラスなので、兵の表情が良く見える。
なかなか凜々しい良い表情をしている。
意外に大柄である。
昔の人が大柄だったのか、それとも意図があって大柄にしたのか。
こんなにたくさんの兵馬俑を作るとは、秦の始皇帝もずいぶんと物好きだ。

 博物館の敷地の中に土産物屋がある。
ガイドさん達は買わせたくて仕方ないようだ。
また、珈琲庁と書かれた建物が、何カ所かにある。
そのうちの1つでコーヒーを飲む。
そこへ、兵馬俑のコピーを売っている男性が近づいてくる。
正規の土産物屋ではなく、どこからか仕入れて小銭を稼いでいる。
こうした土産物を売る男女が、途上国ではどこの観光地でもいる。
彼(女)らの厳しい生活が偲ばれる。

兵馬俑の1人

 兵馬俑を見に来たのだが、あっという間に終了である。
ガイドを雇うと、ガイドの案内に従うようになり、何だか考える力が削がれていくようだ。
確かに、ガイド氏の案内はとても便利で、見るべきところをそつなく案内してくれる。
けれども、あまりに順調に流れていくために、引っかかるものが薄くなってしまう感じがする。

 独力で歩いていると、試行錯誤の連続である。
見るべきところを見落とすかも知れない。
確かに、先達はあらま欲しきものなのだが、自分で歩く力に頼らない分だけ感興が薄いのも事実である。
何だか、あっという間に、兵馬俑の見学は終了してしまった感じである。

 ガイドさんに昼ご飯を食べたいというと、待ってましたとばかりに近くのレストランへと案内してくれた。
兵馬俑の付近には飲食店はないから、車で行くのだが、いつも行くお店があるのだろう。
着いたところは、バスなどが並んでいる大きなレストランである。
1階が土産物屋で、2階がレストランになっている。
すでに同じような観光客が食事をしている。
日本人の顔も見える。

 1人60元で食べ放題。
飲み物は別料金である。
早速、次々と料理が運ばれてくる。
典型的な観光客相手の店である。
ガイドさんにはリベートが支払われているのだろう。
リベートが悪いというわけではない。
ボクにとってこうした店が好ましくないのは、実は現地の生活と遊離しているからなのだ。
しょせん僕たちは観光客でしかないが、できるだけ現地の人たちの生活を体験したいのだ。
観光客相手も現地人の生活には違いないが、観光客相手で喰っている人たちは少数派である。

 カンボジアのアンコール・ワットへ行ったときには、トクトクの運転手サマイにずいぶんと助けてもらったが、食事の場所などこちらの希望をとおした。
ガイドを使っても、ガイドまかせにしないで、こちらの希望を伝えるべきなのだ。
言葉が判らなくても、希望を言いさえすれば、ガイドはそれを実現してくれる。
ちょっと反省である。

 現地人たち自身が現地人同士で行う接触こそ、大多数の現地人たちの生活だろう。
そうした生活を、ほんの少しで良いから、傍らから垣間見たいのだ。
たしかに、現地に馴染むには、大人数では不可能かも知れない。
大人数ではこちらが自分たちのカラーをもっており、そのカラーを現地人たちに無意識のうちに押しつけてしまうのだ。
やはり1人で現地に立ってこそ、上手く溶け込むことができるのだろう。
と言ったことを考えながら、昼食を食べた。
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