ベイビィ エクスプレス




 山本恵子と相馬美紀は、今日も引きつづき作戦会議中である。
「ヤマ、秀はどうなっている」
と、相馬美紀。
「やっぱり役所を通さないと駄目みたい。施設の次は、里親だってさ」
山本恵子は神田から聞かされてきた話をした。
「里親、それなに?」
「身よりのない子供を引き取る親さ」
「それになろうじゃない、里親ってやつに。そうすれば秀の親になれるだろう」
と相馬美紀は、簡単に言う。
「でも、里親には簡単にはなれないよ」
「どうして」
「里親にはいろいろと資格があってさ、希望すれば誰だって里親ってわけじゃないんだよ」
「どうして」
「どうしてったって、どうしてもよ。役所にはいっぱい規則があるんだから」 
「だから、どうして」
「まずさ、親が2人いなきゃ駄目だろうね」
「2人いればいいわけね。はい、ヤマと私で2人です。私お父さん、あなたお母さん」
「それじゃ、たぶん駄目だと思うよ。男がいないと」
「なんで男なのよ。稼ぎはあるわよ」
「たしかにね。稼ぎなら私だってあるけどね。神田さんが言うにはね、普通の家庭って言うのは、男親と女親がいるんだって。だから私達は普通の家庭じゃなくて、そんなところには子供を預けられないって」
「だって、こんなに熱心に子供が欲しいって言っているのに、それでも駄目なの」
と、相馬美紀は息まいた。
「神田さんは児童相談所に行けって言っていたわ。私も変だと思って、食い下がったんだけど。神田さんには権限がないんだって」
「たしかにそれは当然よね、ただ偶然に自分のところで出産されただけだから。神田さんは関係ないって言えば、関係ないよね」
「だから、相談所へ行けって」

「その相談所ってどこにあるの」
「調べたらね、児童相談所は天地町のゴミ焼却所のそばにあるんだ」
「行った?」
「まだ、調べただけ」
「行ってみる?」
「でもさ、女2人で里親になりますって、それこそ前例がないってことになりそうだな」「役人の好きな前例ね。ヤマも役人だからね」
「皮肉はやめてよ。でも、自分で言っちゃうけど、役人の壁はあついぞ」
「あたって砕けろよ、ヤマ。それで今、秀はどこにいるの」
「施設だと思うよ」
「そうか」
「作戦をたてないと、役人の壁は破れないからね」
「どんな?」
「役人はさ、後でなんか問題が起きて、何でこんな非常識な親に渡したって、責められるのが一番困るわけよ。責任回避」
「しっかりした親だって分かればいいわけね」
「だから、常識的な家庭であればいいわけで、女2人なんて駄目って言うよ」
「でも、世の中には母子家庭だってあるじゃないか。あれは1人親だよ」
「役人の責任で母子家庭になったわけじゃないでしょ」
「でもね、1人親が駄目って言うことは、母子家庭に対する差別じゃない」
「それとこれとは違うでしょ」
「いや、1人親でも里親を認めるべきだ。だって子供に必要なのは、愛情だよ。1に愛情、2に愛情、3、4がなくて、5にお金でしょ」
「役所を動かしているのは、書類と前例なのよ」
「書類と前例? 子供は書類と前例で育つんじゃないわ。愛情とお金よ」
「そうだけど、役所はそういうところなの」
「1人親を認めないってことは、母子家庭じゃ子供が育たないって、言っていることになるよ」
「うーん」
「ましてや、ウチには美人でお金持ちの女が2人もいるんだから、絶対OKよ」
と、相馬美紀は確信をもって言った。山本恵子はしばらく考えていたが、
「わかったわ。とにかく相談所に行こう」
「よし、行こう。いつ?」
「明日電話して、都合を聞いてみる」
「その日に有休を取るからさ、日を決めてきて」
「わかった」
2人はまだ話し続けた。

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