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受付で、相馬美紀がきいた。 「捨て子の件で来たのですが、こちらの窓口で良いでしょうか」 受付の女性は 「はあ、捨て子ですか…」 と言って、怪訝な顔をした。 「里親になりたくて、相談に来たのですが」 と山本恵子があわてて言い足した。 受付の女性は、捨て子など最近きいたことがないので、とまどったに違いない。 しかし、彼女は丁寧な口調で、小さな部屋に2人を案内した。 「こちらへどうぞ」 2人は案内されるままに部屋に入った。 部屋の中央には大きなテーブルがあり、両側には椅子が三脚づつ並んでいた。 「こちらでお待ち下さい」 そう言って、受付の女性は部屋を出ていった。 その女性と入れ替わりに、50代半ばくらいの男性が、部屋に入ってきた。 「どうぞおかけ下さい」 2人はテーブルについた。 男は相談員の古川と名乗った。 相馬美紀が口を開いた。 「実は、先日、『太陽の園』っていう老人ホームで、子供が生まれたんですが、その子供は身寄りがなくて、私達が引き取りたいんです。それで相談に来たんですが」 「ちょっとお待ち下さい」 そう言って、古川は部屋を出ていった。しばらくして、書類ホルダーを持って、また部屋に入ってきた。 「わかりました」 と、古川は言って書類を見返しながら、二人を見渡した。 「それで、どういうご用件でしょう」 山本恵子が言った。 「お母さんがなくなったので、その赤ちゃんは身寄りがなくなったんですよね」 「ええ、身寄りがないんで、施設で保護しています」 「身寄りがいない場合ですね、その後どうなるんでしょう。その赤ちゃんは」 と、相馬美紀がきく。 「通常は、施設で育ちます。引き取り手があれば、養子にだすこともありますし、場合によっては、里親さんに養育をお願いします」 「そうですか。ところで、里親っていうのは誰でもなれるんですか」 「ええ、原則はそうですが、やはりまず子供のことを考えて、子供の幸せなになるように、そういった環境を用意します」 「何か資格でもあるんですか」 と相馬美紀。 「特別に資格はありませんが、育児に熱心なこととか、まあ人格的にそれ相応な方とか、やはりある程度の資産とか、収入がある方といったことは、審査させていただきます」 「そうですか」 「それに居住環境もある程度ありませんと、6畳一間に親子3人というのは、どうも…」 「それはそうですね」 「里親になるにはどうしたらいいのですか」 と山本恵子がきく。 「まず、こちらに相談に見えられてから、相談員がお宅に伺って、住宅環境を見せていただきます」 「マンションでも良いんですか」 「ええ、結構ですよ」 「それで?」 「ある程度ですね、打ち合わせをしてから、里親の申し込みをしていただきます」 「それはどこへですか」 「相談所へです。そして、児童福祉審議会というのがあるんですが、そこへ伺いをたてまして、書類審査ですが、それが通れば里親として登録されたことになります」 「それから?」 「それから、適当と思う子供と引き合わせますが、やはりこれは生身の人間ですから、犬や猫のように簡単にはいきません」 「それにはどの位かかるんですか」 「そうですね、やはり全部で1年くらいかかるでしょうか。登録が完全にすむまでは」 「1年! あの赤ちゃんが欲しいってことは駄目なんですか」 「ええ、それはこちらで、あいそうな方を組み合わせますから、ちょっと。それにすでにたくさんの方がお待ちですから、今登録されても、先日の赤ちゃんをと言うわけには行きません」 「そうなんですか」 「なんか、あの赤ちゃんと関係があるんですか」 と古川相談員が尋ねた。 山本恵子は 「私はその赤ちゃんの出産に立ち会ったんです。それで、身寄りがないってことも知っていましたから、私達が引き取るわけにはいかないかって思って、今日来たんです」 と言った。 「そうですか。それで、父親になる方はどなたですか」 「いや私達が育てるんです」 「女の方お2人ですか。失礼ですがどういうご関係ですか」 「友人です、いや家族です」 「先ほど言いました条件のなかにはですね、結婚しておられる男女の家庭というのもあるんですよ」 「女2人は駄目」 と相馬美紀がせき込んだ。 「駄目というわけじゃありませんが、できればですね共稼ぎではなく、どちらかが家にいらっしゃるっていうのも、考慮させていただいているんですよ」 「というと」 「やはり子供のそばには、いつも誰かがいたほうが良いと思いますから」 「すると、稼ぎのある男性と専業主婦ということになるんですか」 「いあや、それにはこだわりませんが…」 と古川は言葉を濁した。 「ただですね、里子をですね、保育園に出すというのは、すすめられないんですよ」 「どうしてですか? 1人っ子として育てるより、集団のなかに入れるのも、悪くないと思いますが」 と山本恵子がいった。 「ええ、たしかにそう言う意見もあるんですがね。この児童相談所ではです、子供は里親さんが育てるというのを原則にしているんですよ」 「つまり自宅で養育すると言うことですか」 「そうです。里子を保育園にやるのは二重保育になるわけでして」 「なぜ里子は保育園に通わせてはいけないんですか」 「二重保育はですね、子供の所属感というか、自意識の形成に欠損が出ると言われています。ですからですね、二重保育はすすめてないんです」 と、古川は難しい言葉を使いはじめた。 「じゃ、誰かが家にいればいいですね」 と相馬美紀は眼をつり上げた。 「あの赤ちゃんを引き取るわけにはいかないんですか」 と、山本恵子は改めてきいた。 「そうですね、お待ちの方が何人かいますからね」 と古川はすまなそうに言った。 「ちょっと待って下さい。私達が女2人の家庭だから引き渡せないんですか、それとも順番だから引き渡せないんですか」 と言って、相馬美紀は古川をにらんだ。 「原則はですね、父親と母親お2人がそろっている家庭なんですよ。ただ世の中には、お1人で子育てをしておられる方もいますから、駄目っていうわけじゃないんですが」 と古川は言った。 「すると、1人でも良いってことは、女2人でも良いわけですね」 と相馬美紀が確認する。 「まあ、そうですね。女性でも資産がたくさんあるとか、自家営業とかで、子供と一緒の時間が取れれば、構わないと思いますが」 「資産がたくさん!」 「ある程度のですね」 「私達が里親になれる可能性って、ありますか」 と、山本恵子が冷静にきいた。 「ええ、ですから、まず相談員がお宅を下見に伺います」 「それは平日にですか」 と相馬美紀。古川は当然のごとくに答える。 「もちろん、そうです」 その返事をきいて、山本恵子は作戦を練り直そうと覚悟した。そして、相馬美紀に 「出直そう、ミキ」 と言った。役所との対応はすべて平日であることを知った相馬美紀は、しぶしぶとそれに同意した。 「お世話になりました。もう一度考えてきます」 山本恵子はそう言って、立ち上がった。 「また、何かありましたら、気軽に相談に来て下さい。児童福祉は皆さんの協力を期待していますし。今回はご縁がなくても、役所は誰にでも開かれていますから」 古川はそう言って、にこやかな顔で、2人を玄関まで見送ってきた。 2人は足取りも重く、駅までの道を歩いていた。 どちらも口を開かない。 いま里親の申請をしても、待っている人の最後尾につくだけである。 彼女たちが里親として認められるまでには、秀は他の人のところに行ってしまうに違いない。 それが2人には何ともやるせなかった。 一時はあれほど舞い上がって、名前までつけたが、秀はすでに遠くに行った感じで、自分たちの手が届くところにはいなかった。 |
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