老人、フィリピンに棚田を見にいく

マニラ→バギオ→バナウェイ→サガダ   2017.8−記

目    次
1. マニラ:マカティ−1、−2 ニノイ・アキノ空港へ 巨大建築のマカティ
2. バギオへのバス 7時間のバス旅行
3. バギオにて−1、−2 ランドリーサービスに行く バギオ市内
4. バナウェーへ ハイエースで7時間
5. バナウェーにて−1、−2 棚田、棚田、また棚田 乗合いジープニー
6. サガダへジープニーで ハイエースはキャンセル  
7. サガダからバギオへ 肝を冷やす洞窟探検  
8. バギオへ戻る デラックス・バスで  
9. マニラの休日 親切な人たち  
10. 再びマニラにて−1、−2 マニラ近郊へ マニラ最終日の体験
       
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サガダからバギオへ  
肝を冷やす洞窟探検
 

 6時起床。良い天気である。シャワーを浴びて、昨日の教会へもう一度行く。朝早いせいか、玄関の閂には鍵がかかっている。この建物は外から見ると、何と言うことはない平凡な教会だ。内部だって特別に凝っているというわけではない。ただ、高い精神的な空気で、室内が満たされている。しかも、特別に高価な材料を使っ ているわけでもない。空間の寸法の取り方、天井の高さとか、窓の位置とか、細々した寸法が清らかな空気を作っているに違いない。

  
石油ランプに火を付ける

石油ランプに火を付けるガイド

鍾乳洞

どこか妖しい形の岩

 

 広場に戻り、ツーリスト・インフォメーション・センターにいく。午前中で洞窟を見に行こう としている。するとやっぱり案内人が必要で、今度は500ペソだという。ガイドが来るが、朝食を食べたいので待ってもらう。食堂の紹介を頼むと、夕べ食べたレストランを指差す。昨日行ったというと、黙って道を下りはじめた。指差すそこは、何と昨日コーヒーを飲んだ店だった。ここも行ったと言いそびれて、仕方なしにこの店に入る。

 

 この街の人は全体におとなしい。フィリピン人というと陽気な感じがするが、むしろ静かな感じである。したがってこの店でも、やー昨日も来てくれたね、ハーイといった対応はない。そういえば、昨日のガイドも静かな人だった。この店もただ静かにメニューを差し出すだけ。フレンチトーストと例のコーヒーを頼む。 これで320ペソ。

 

 待たせたガイドと合流し、道を下る。一番近いスゴン洞窟に向かう。ガイドは途中で灯油の ランプを調達する。慣れた道らしく、淡々と進んでいく。やがて道路から別れ、石の門から階段を降り始める。急な階段をドンドンと降りていく。途中で灯油ランプに火をつける。ガイドはそれを頭に乗せて、道案内を始める。まさに道案内で、ランプがなければ、何も見えない。

 

 水に濡れた岩の階段を、恐る恐る下っていく。下手に足を着くと、滑りそうで怖い。最初のうちは足だけで下れたが、やがて手も使うようになる。名所に来るたびにガイドは説明してくれるが、この先が心配になる。人工の階段ではなく、自然の石が摩滅しており、本当に滑りそうで怖い。登りは良いのだが、下りだから怖いのだ。昨日、レストランでトイレを借りたときに、滑り落ちそうになったことを思い出し、ますます足に力はいっていけない。

 

 
バスの切符
 
両手両足を使って、ソロソロと下っていく。あたりは真っ暗。手摺りも何もない。日本の観光地のように設備は整っていない。ただ多くの観光客に踏みつけられて、ツルツルになった岩後を辿っていく。ランプが消えたらと思うと、ゾッとする。スリリングな気分で、右へ左へと曲がりながら、下へ下へと下っていく。300メートルの深さがあるとガイドはいう。自然の作り出す形が色々ある。ガイドが指差す女性の陰部のような岩は、あまりにリアルで笑ってしまった。

 

 見るとビーチサンダルが2足脱ぎ捨てられている。ここからは水の中を歩くらしい。そのため、先行者がここで脱いだのだという。そういえば人の声がしていた。しかし、ボクはここで止めることにした。聞けば3分の2位の所だという。これ以上行っても風景は変わらないだろうし、足場はますます悪くなりそうだ。老人は無理をしない。ここで引き返すことにした。

 

 登りは滑り落ちる心配はないから安心である。若いガイドと同じペースで登ってきた。まだ脚力は大丈夫。太陽の光が有り難い。入るときにはいなかった門番のおばさんがいて、入域料のキップに印をつける。再び入るのを防ぐためだろうか?良くわからない。でも、もう恐ろしい思いをしなくても良いと思うと、ホッとした。

 

 10時すこし前に、ガイドと別れて広場に戻る。ここからバギオ行きのバスが出ているので、それに 乗ろうと思う。7時から1時間おきに広場から出発している。10時のバスが広場に止まっている。10時5分前だったので、ホテルに荷物を取りに行き、安心してトイレを済ませて、広場を見るとバスは出ていく所だった! がっかり。1時間待つことになった。

 

 11時のバスには乗り遅れないよう、早くに座席を確保した。この大型バスは日本のフソー製の 中古らしいが、しっかりとした乗用バスである。定期バスとジープニー・バスの違いは、満員にならなくても定刻に 発車するか否かだ。ジープニー・バスは、満員にならないと発車しないが、路線バスは発車してしまう。あと、ジープニーは運転手が集金もするし、屋根に荷物も載せる。しかし、路線バスは車掌さんが乗っており、切符を切りにまわってくる。右がその切符である。そして、屋根には何も乗せない。

 
ジープニー

ジープニーとすれ違う

トイレ

バス停のトイレ

 ジープニーはもともとトラックの荷台を、人を乗せるように改装したものだ。 だから、座席はお見合いだし、立てば天井に頭がぶつかる。みな中腰で移動する。スプリングは堅く、乗り心地はすこぶ る悪い。それに対して路線バスは、全員が進行方向に向かって座る日本のフソー製だ。スピード・メーターが 動かなかったり、日本語のシールが残っていても、元々が大型の乗用バスだ。快適さが違う。この違いはとても大きい。途中で何人もの人が乗り降りする。始発から終点まで乗る客はボク1人だった。

 

 サガダはオフシーズン然としてはいたが、ゆったりした空気が心地ちよかった。トライシクルが走っておらず静かで、聞けば教えてくれるが、しつこい客引きもない。

 

 バナウェーは根っからの観光地らしく、良く言えば客慣れ、悪く言えば客ずれしている。これは棚田と、洞窟と吊るし棺という見せるものの違いのせいかもしれない。いずれにせよ、街から一寸離れると、電気こそ来ているが、他は昔のままの生活だ。泥と草木に身近な生活が好ましいのか、判断に迷う所だ。

 

 ここまでの宿はすべて洋式便器だったし、ベッドもしっかりしていた。どこのホテルも 手桶とともに紙にも対応していた。観光客にむけて対応しているのはよくわかる。今回の2つのホテルは、それなりに素晴くて気持良かった。

 

 しかし、街中で借りるトイレは、トルコ式のしゃがむ形式で、紙はなく手桶があるだけだ。トレッキングにいけば、もっともっとディープな田舎生活が味わえるだろう。ところで、今までバスタブがなくシャワーだけだった。それに現地の食べ物を食べているせいか、なんだか体臭が変わってきたような気がする。我ながらちょっと気になっている。

 

 サガダからバギオに向かうが、ボントクを通らない近道があるらしい。はるかな山並みの中を、バスは右に左に曲がって山を下っていく。若い運転手に中年男性の車掌。途中2回休憩の停車。

 

 5時バギオ着。タクシーで City Light Hotel にむかう。夕方のせいか、激しい渋滞でなかなか進まない。それでも65ペソで到着。無事チェックイン。今回は一寸グレードを上げて、静かな部屋を望んで230ペソの部屋にした。425というデラックスな部屋である。やれやれと部屋で荷物をほどく。

 

 ベッドに座ってしばらくすると、何やら音楽が聞こえてくるではないか。それがなかなか鳴り止まない。隣室からだと思って、フロントに音量を下げてくれと電話を入れた。

 

 交換手は簡単に承諾したが、一向にうるさいままだ。再び電話をして、ボーイを部屋に呼ぶ。すると、これはペント・ハウスでやっているエンターテインメントのものだ、と涼しい顔でいう。

 

 開いた口がふさがらない。直ぐに部屋を替えてくれと言ったら、怪訝な顔をしながらも他の部屋をみせに連れて行ってくれる。しかし、ペント・ハウスの音は建物中に鳴り響いており、建物全体が共鳴しているかのようだ。3階にいっても、2階にいっても、音楽は聞こえる。

 

 一番静かな部屋だといって、最初に見せてくれた地下3階の奥の部屋へ連れて行かれた。ここはカビの 臭いがしたので、最初に拒否したのだ。消臭剤をまくから大丈夫だと言うことで、とうとうこの部屋になってしまった。こちらの部屋のほうが安い。

 

 問題はその後処理である。差額をコーヒー券で払うという。拒否。一度カードをキャンセルして、再度カード処理をせよといったら、できないと言う返事。これを電話を通してカタコト英語でやるのだ。フィリピン訛りの英語が聞き取りにくい。マネージャーを出せと言えば、すでに帰宅したという。怒り心頭で血圧が上がった。


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