タラップを降り舗装された駐機場の上を、暗闇の中に見える空港の建物に向かって、乗客たちは誰からともなく歩き始めた。
次々と飛行機から降りてくる数百人の乗客で、人の流れが出来た。
50メートルと歩かないうちに、荷物を満載したトラックが、人の流れを横切るように近づいてきた。
運転手の顔が見える位置まで近づくと、トラックの運転 手は窓から手を出して、僕たちに合図をした。
そして、ゆっくりとだったが速度をゆるめることなく、歩いている乗客たちの真ん中を通過した。
インドに着いた。
カルカッタに着いたのだ。
カルカッタと言えば、インドでも第二の都市。
人口も1千万人を越える街で ある。
立派な空港があるとばかり思っていたが、ジャンボ機から降りると、すぐ近くに空港の建物が見えた。
しかもそれは貧弱で、とても国際空港のイメージで はなかった。
カルカッタの空港は、とても小さかった。
僕は空港の建物に入る。
温かい空気を感じながら、何年も使い込まれた建物や備品類を見て、入国審査のカウンターにならぶ。
どこの国でも、どこの空港でも、入国審査官は無愛想この上ない。
彼等はちらっと眼を上 げるだけで、パスポートを受け取り、机の書類を見て不機嫌そうにパスポートを返してよこす。
しかし、ここの入国審査官は違った。驚くべきことに、
「インドには休暇で来たのか?」
と笑顔で聞いてきたのである。あわてて
「そうだ」
と答えて、パスポートを受け取ろうとすると、
「ハヴ ア ナイス トリップ」
と言われたので、また驚いた。
「サンキュー。ハヴ ア ナイス ナイト」
と 答え、親切な対応に戸惑いながら、僕は税関に向かう。
ところが、そこに立っていた係官に制止されてしまった。
背中に背負っていた小さな荷物を、X線検査機 に通すように言われる。
これから飛行機に乗るわけでもないのにと思いながら、荷物を肩からおろす。
検査機に荷物を入れるが、何事もなく通過。
天井でぐるぐるまわる大きなファンを見ながら、次に進む。
荷物台だろうと思われるカウンターに腰をおろし、同僚とおしゃべりをしている役人がいる。
彼の脇を通ると、申告する物はないかと聞かれる。
僕が無いと返事をすると、彼はアゴを左にしゃくり上げた。
右には税関の役人がいる。
アゴを左にしゃくりあげたから、通関手続きは不要という合図だろうと勝手に判断して、カウンターづたいに出口の扉に向かう。
カウンターに沿って右に折れ曲がってはいるが、その扉まで通路は20メートルとない。
通路の折れ曲がった左の角に、銀行の窓口がある。
そこには4・5人の男が並んでいる。
ルピーに両替せねばと、その列に並ぼうとすると、扉の前の役人が、こ ちらへ来いと合図する。
すでに夜も11時をまわっている。
空港の外へ出ても、両替は出来ないだろう。
だから、ここで両替しておきたかったが、役人はしつこく手招きする。
近づいてみると、役人はその扉を開けて、僕を扉の外へ押し出した。
そしてなお、僕の後ろに立っていた。
扉の外は20畳くらいの部屋である。
窓口だらけの場所で人がたくさんいた。
左手には20人くらいの人が並んでいる。
並んでいる先を見ると、銀行の窓口であ る。
先の役人は、ここに並べと言って、扉のなかへ消えた。
その列に並んだが、色黒で汗くさい男たちが、しきりに大声で叫んでいる。
男たちは段ボールの切れ 端を振りかざして、ひとりひとりに
「ハセガワ?」
とか
「ハヤシ?」
と言って顔を近づけてくる。
どこかにいた長谷川さんが返事をすると、その男は嬉しそうに手をさしのべ、長谷川さんと握手。
ただちに長谷川さんを、その列から連れ出そうとする。
長谷川さんは両替するので、並ぶのだと説明しようとするが、その男は
「オナジ、オナジ」
と言って、なおも列から長谷川さんを連れ出そうとする。
どうやらホテルで両替しても同じだと言っているらしい。
長谷川さんは半信半疑のまま、その男に連れられて外へ出ていった。
色の黒い痩せた男が僕に聞く。
「○○○?」
「そうだ」
僕も並ぶのを中断して、そのまま部屋の外へ連れ出された。
|
|