空港の建物というには、あまりに小さな出口だった。
その出口にへばりついている人垣を縫ってたった5メートルほど歩くと、そこはもう真っ暗な屋外だった。
遠くには街灯がわずかに灯り、あたりには人は誰もいない。
道路を隔てた10メートルほど向こうには、黄色い屋根の車が列をなして止まっている。
皆同じカタチで、タクシーらしい。
1950年代のイギリス車のようなカタチをしたそれは、上が黄色・下が黒に塗り分けられており、アンバサダーというインドの国民車である。
アンバサダーは、初期型からモデルチェンジしないで造られているので、世界的に有名である。
遠くから見るとクラシックな感じでかっこいいが、近づくにしたがって、おもちゃのような代物だと知る。
さっきの痩せた男とアンバサダーの列を横切り、離れた車のほうへ近づく。
めざす車もアンバサダーだった。
どこからともなく、太った男が我々に加わってきた。
2人は顔見知りらしく、親しげに話している。
痩せた男が車からレイを取り出し、僕にかけてくれた。
なんだか照れくさい。
その男がアンバサダーの扉を開けてくれた。
そして、僕を後ろの席に座らせ、自分は助手席に座った。
あとから合流してきた男は、運転手だったのである。
薄明かりに照らされた舗装の上を、アンアバサダーは走り出した。
年代物の車はヘッドライトも暗く、今時の車とは思えないほど大きな音をたてて走る。
窓ガラ スは下げてあり、温かい空気が車内に入ってくる。
車は時々スピードを落とすが、止まらない。
僕の旅としては珍しいことなのだが、今回はカルカッタ到着が深 夜になるので、最初のホテルだけは予約を入れてあった。
空港から街まで、アンバサダーは夜のカルカッタ郊外を走る。
真っ暗な夜。
まったく知らない初めての街で、ひとりでタクシーに乗って空港から街に向かう。
どこの街に着いても、この時が一番不安である。
どこに連れていかれても、まったく判らない不気味さ。
前の2人は何か話をしている。
時々後ろを向いて話しかけるだけ。
今回は予約をしてあるとはいえ、不安に変わ りはない。
僅かに明かるさがあった空港を離れると、車から見える景色はただ暗さだけである。
その中にところどころ照明がぼんやりと見える。
誇りっぽい空気と、干した藁のような何とはない臭いを感じる。
どこからともない騒音が聞こえる。
アンバサダーは頼り無げな光を頼りに、大きなエンジン音も快調に走る。
道路は舗装されており、しかも中央分離帯もある。
しかし反対側を見ると、舗装された部分はたちまち途絶え、路肩は闇に消え、どこまでが道路だか判らない。
舗装の繋ぎ目がしばしば車をゆすり、そのたびに体が上下する。
夜であるにもかかわら ず、埃っぽい空気がただよっている。
アンバサダーは窓といわずシートといわず、あたり一面がうっすらと汚れている。
空港から20分くらい走ると、中央分離帯がなくなり、道の両側に建物が見え始めた。
アンバサダーはぐっと速度を落とした。
ここがカルカッタの中心部だろう か。
真夜中だというのに、道路際にはたくさんの人が立って、通り過ぎる車を見ている。
人ばかりではない。
犬や山羊、牛もいる。
ゆっくりとだが車は走り続 け、止まるような気配はない。
照明の少ない交差点をいくつか過ぎる。両側の建物も、だんだんと明かりが少なくなってきた。
車はまた暗闇のなかに入ってし まった。
空港から一時間くらい走っただろうか、僕の乗ったアンバサダーは再び人混みのなかへ入った。
道幅も3車線と広くなり、幅5メートルはあろうかという歩道まである。
でもうす暗いことには変わりない。
右手には2階建て、3階建ての立派な建物が並んでいる。
次々にあらわれる建物は、どれもしっかりと扉を閉ざしている。
玄関の庇を、大きく歩道につきだした建物が多い。
とある庇の下には、何人かの人が寝ているのが見える。
男と女それに子供が3人。あれはおそらく1世帯、つまり1家族だろう。
そう言えばカルカッタには、路上で生まれ、路上で死んでいく路上生活者が、200万人くらいいるという話だ。
そんなことを考えているうちに、車は大通りか ら右折した。
右手には客待ちのタクシーが並んでいる。
その前に僕のタクシーは止まった。
助手席の男が、ここだという。
ホテルに着いたらしい。
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